モドル

遠恋


おいでおいでおいで



ああまた
また聴こえる



おいでおいでおいで



呼んでいる



おいでおいでおいで



その声に抗う術など持たず
請われるままにその側に



闇に焔が顕れて たいまつの姿となる
燃え上がる炎は風もないのに揺らめいて
焦がれるように身を捩る
そしてそのたいまつが赤く金色にもなり 彼の行く手に道を創った
赤い髪が 狭間を進み行く

こんなのは要らない

いつも思う
呼ばれるままに進む足は迷いを持たずにただ歩き
邪魔する物は常になく
道を違える筈がない



おいでおいでおいで



今宵も社に辿り着き 格子扉を開いた
赫きの余波が彼の前にまた道を創る
ほんの数歩のその先で
漆黒の髪に縁取られた頬が緩み
唇が嬉しげな形を取った



「来たね」

うん 来た







きちんと正座した逢瀬の相手は今日も白い着物を身に付けていた

何ていうんだっけコレ

聞いたのはどちらだったか
どうでもいいか

社の周りを取り囲む異相の炎が
淡く黄色付いている筈の肌を白く見せている
微笑みが誘う
その唇の柔らかさを知っている
とてもよく 知っている

微笑みの前に膝を着き 首筋に手を触れた
温かさと弾力と鼓動とが当たり前のようにそこにある
頤に唇で触れ 頬を寄せ 背に手を回す
抱き返されるのが分かって 更に強く抱いた

逢いたかった

言うのはどちらか
どちらが言っても可笑しくないし
どちらもそう 想っている

ああ 逢いたかった


襟元を掌で乱し、唇は首の筋を上って顎を過ぎ頬を渡った
ただ触れてゆくだけなのがくすぐったいのか
イブキが首を竦める
唇が 固く結ばれ耐えるように
笑みを堪えるように
だからキスした
軽く合わせて
何度も合わせて
啄ばんで
撫でるように触れて
温かさを分け合って
熱をもっと強くして
解けるのを待った
イブキの両手が顎をを包み じわりと温かさが伝わって
頭が更に熱くなった

イブキ

舌先が触れ合う
唇よりもっと軟らかく そしてもっと濡れていて
もっと意思を感じ取れた
俺の名を呼ぼうとしてるんだとか
深く感じ合いたいのだとか
イブキ
気付いてるか?
俺も呼んでんだけど、気付いてる?

目から熱い水が零れて 何がと探った指を濡らした
イブキは何も問わずにそこにいて 涙に濡れた指をそっと取った
瞼に温かい唇が触れる
優しい仕草

泣いてんの? 俺
どうして

ふと 思ってしまった
理由が 自動的に押し込めた場所から浮き上がってくる
カルノは頭を俯かせ 視線を自分の足に縫いつけた

要らない
理由なんて要らない

急いた指先が 掛けられた優しさをぶち壊し
逆にその指を逃がさないようきつく絡めて繋いだ
イブキを繋ぐ
逃げたりしない 去っても行かない
繋いだりしなくても大丈夫
分かっていた

でも 届きもしない

笑った
口の端が痙攣しただけかもしれないけど 胸の中では笑えていた

「カルノ」

静かに掛けられた声は 他に何もないかのように良く通る
のろのろと首を上げる
頭が重い
重くて 持ち上げられない
目線だけをやっと上げると イブキは繋がれた指に目を落として口元に小さな笑みを刷いていた

「ごめん」

唐突に謝られて 意味を知るより前にと指を更に強く握った
イブキは笑みを深くして
ごめんね と言葉を重ねる
嫌だった もう終わりなのは嫌だ

イブキの喉に喰らいついた



残る片手で紐を解くと 襟元を乱す
肩を掴んで押すとイブキの腕が後ろへ着いて
膝が持ち上がって 少し開いた
そこに身体を入れて 自分の居場所を確保した
もう閉じても遅い
乱した襟は手を胸から腹へ撫で下ろしただけで簡単に開き 髪に寄せられたイブキの唇が洩らす熱い蒸気が カルノの髪の合間を通り抜けて地肌を湿らしていった
自分の服が邪魔で
ああ、服なんか着てたっけ?
とにかく邪魔で
でも脱ぐ時間が惜しかった
手は胸を腹を脇を押し付けるみたいになぞって 覚えるのに忙しい
目も眩む形
手がひたりと吸い付く
頬寄せた喉に 荒い呼吸が響く
何か言おうとしてる
舌をその喉元に貼り付けた
喉から顎の先まで声の通る道を這う
言えばいいのに
イブキはこくりと息を呑んで 逆に唇を閉ざしてしまう
まだ繋いだままの指が 手の甲に爪を立てた
瞬間眉を顰めたけど 自由な手はまさに自由に 隠された帯を解いていった
舌先は耳を濡らす

まだいいよな?
まだ俺 いていいよな?

離れたくない 側にいたい
でも たったそれだけを強請る事もできない
拒絶はしないと知っていた
否定はするとも知っていた
掛け値なしに容赦なく 
閉ざされたままの唇を食んで 袴の下へと手を差し入れた
半ば起ち上がってるものには手の甲が掠めただけで 汗ばんだ脚の内側を撫で下ろし 肌を巡って外側を撫で上げた
震えた体を抱きすくめて 自分の体と重ね合わせる
だからイブキも分かった筈だ
お互い こんな状態では離れられない
そんな風にわざとした
この時間を終えたくない
鼻先をくすぐる黒髪は艶やかで 硬質なのに軟らかいこの感触を もっと味わいたかった
いつもは見るだけで 触れることはあっても触ることは

違う
この髪には何度も触った
何度も顔を埋めた
会う度何度もいつだってそうやって

触れないから

違う

固く引き結び俯けた唇を 薄く開いた唇が柔らかく食んだ
髪を撫でられ 指が狭間に滑り込んで 宥めるように巡っていく
それが首の後ろに回る頃には 頭を抱き込まれて イブキの鼓動を聴いていた
温められる
腕に包まれ 頬を寄せられ 髪ごしのキスを感じ
まるで本当に愛されているようだ
見詰めてくる眼差しにも呼ぶ声にもこめられてる熱が本当に本当のように思えてきて
カルノの自嘲を深くする

渇きかけた唇を目の前の肌に落とした
舌で潤し 右手は袴の中を探る
「あっ……」
何度も呼ぼうとするのを邪魔して 手の動きを早くして イブキの快感を促していく
絡めた指も 頭を抱きこむ腕も 広げさせた脚も
逃げるどころか 却って強くカルノを繋ぐ
抑えた喘ぎが頭蓋を震わせ 脳髄まで揺さぶった
触ってるだけじゃ 全然足りない
企むより早く 繋いだままの手を固く尖った己にあてがう
イブキの手が竦んだ
そのままイブキの手ごと自分の手で己を掻いた
もう一方の手の中でイブキの熱が大きくなる
逃げようとする手を強く掴むと より確りとそれを握ることになって イブキはやがて力を抜いた
それから 自由になる親指で 先端を掻きさえした
互いの唇は容易く濡れて 舌も使って貪りあう
滑らかな手が背筋に沿ってシャツをたくし上げていくのを感じながら
こびり付いた理性とやらを 欠片までも消し炭に変えていく
イブキがここにいる
それ以外はもうどうでもいい
吐息が熱く
イブキの掌が熱病に冒されたようにカルノの体を巡って求める
腰の動きが速くなり 呼吸ができなくなっていく
イブキの瞳に映った焔に魅入られた
もうそのまま
憑いた火に
融けてしまえ






時間は意味を為さない
もういつからこうしていたのか
何度互いに求めたのか
ただ優しく抱き合ったり
正気の失せた狂乱だったり
常に暗いこの社に朝も昼もやっては来ない
地面だって回りはしない
社を囲う焔も消えることなく
辛うじて闇の中からこの場を掬い上げていた
ずっとこうしていたいと願い
けれどいつも置き去りにする


そろそろ行って


この声だけが時を告げ


お前も来いよ


そう拒む


まだ出られない
また逢いに来て


白い衣を纏っただけの姿が請う


いつも
それを攫おうとする

寄せられる頬に今度こそはと
抱く腕に力を込めて 何があっても離すまいと


社の外に出るのは1人


その体が幻のように腕をすり抜け
出るのはたった彼独りきり


閉じた社を叩いても
どんなに開けと念じても
もう社は開かない



また 時が来るまで








これが夢だと知っている


請われる夢が希みを語り
決して付いては来ないことが
彼を現に帰らせる

あれ程求め合う夢を見ながら
その痕跡のないのが皮肉だった

夜の明け掛けた薄闇の中
白々とした光の清浄さ
追われるように布団に潜んだ








「カルノ」

そっと名を呼ばれ
目を開くと
穢れない姿がそこにあった
1度もこの手に汚されたことのない
現の彼がそこにいた

「おはよう、起きて」

もう大分日が高くなっているのか
光の中で呆れたように

「もう10時だよ。ご飯食べるなら早くおいで」

おいで

「おいで?」

他愛もない連想を嘲笑う

声が少しだけ届いたのか
目を合わせて答えを請う

その首を捕らえ 引き寄せ この体の側に手をつかせ
唇をそっと触れ合わせた
夢見た唇
夢の中と同じ
寸分違わず全く同じ
硬直さえ していなければ



触れただけで顔を離すと
間近の瞳に 開けた社の闇が見えた
焔に映える恋う姿

瞬き1つで扉を閉めて 濡れた闇に消える



「……寝惚けてないで早く起きてよ」
動揺を隠せもしないのに 呆れた様を装い立ち上がる

そういうことにしたらしい

手の甲で唇を拭って去る背中を見ながら
彼は堪えきれずに喉で笑った



まだ出られない
また逢いに来て



瞼を閉じてその日を描く



いつかお前が出て来るだろうか



おいでおいでおいで





執筆:栖月びぃ(Burn Bag B)

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